HEALTH SWIM in TAKAOKA Vol.18

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教育の中の水泳-連載18回

甲子園球場の室内プール

富山大学芸術文化学部教授 立浪 勝

 まもなく春の高校選抜野球大会が甲子園球場で始まります。甲子園球場というとすぐに野球が思い浮かびますが、水泳を思い浮かべる人はまずいないでしょう。しかし、少しだけですが水泳と関係がありました。そこで、今稿では、甲子園球場と水泳の関わりについて紹介します。
 嘗て甲子園球場内に東洋一と称される室内プールがあったことは水泳関係者を除けば一般的には知られていないことでした。しかし、平成16年に『甲子園球場物語』(文春新書)という本が出版され、甲子園球場の室内プールのことが知られるようになりました。加えて、テレビのクイズ番組に甲子園球場内の室内プールが度々取り上げられ、現在では多くの人の知ることとなっています。
 甲子園球場内の室内プール。どのようなプールだったのでしょうか。昭和8年5月発行の日本水上競技連盟機関誌『水泳』に阪神電鉄が放った一面広告が掲載されています。そこには、「水泳日本の輝かしい躍進、世界一の水泳王国日本、覇権を永遠に我等の手にあらしめよ!!それには凡ての人が常に水に親しまなければならない。この切實なる要求のために生まれたのが甲子園プールである。・・・」と設置目的が高らかに述べられています。また、優れたボイラーと消毒装置を備え、衛生的で水温気温は常に25度以上の常夏のようなプール、と衛生面での環境のよさが強調されています。
  甲子園球場にこの室内プールが完成したのは、昭和7年10月1日のことでした。3塁側アルプススタンドの下に長さ25m、幅10m、観覧席も備えた日本水泳連盟の公認プールでした。日本水泳連盟の強化合宿や講習会にも利用され、水深も深さ1.4m〜3.75mと傾斜をつけるなど工夫されているので、飛び込み競技の練習も行われていました。会員制を原則としながらも、入場料を払えば誰でも利用できました。しかし、プール使用時間から判断する限り、会員以外は、男女一緒に泳ぐことはできなかったのではないかと思われます。
 前述の『水泳』に甲子園室内プールの見聞録が掲載されています。そこには「天井が相当に高いので、インドア・プールに居るという感じがしない」「入場料が比較的安く、水着も貸してくれるので手ぶらで行って水につかれる」「女子のために頭髪乾燥機が備えられている」など賞賛の言葉ばかりです。当時の日本には画期的な室内プールだったようです。
 ところで、日本最初の室内プールは大正6年に完成した東京YMCAの室内プールです。甲子園室内プールの完成後、第一東京市立中学校屋内プール、京都府立京都第一高等女学校屋内水泳場、東京帝大室内プールなどが次々と完成し、学校教育に生かされていきます。特に、京都府立京都第一高等女学校屋内水泳場は体育館などの他の施設に附属して設置されたものではなく、独立した施設としての室内プールでした。当時、高等女学校にプールが積極的に設置されたことは、本連載の中で紹介しましたが、室内プールは唯一です。
 しかし、なぜ本格的な戦時体制の到来が予想される中、室内プール建設が続いたのでしょうか。アムステルダム五輪大会での鶴田義行の金メダル、その後のロサンゼルス大会での日本水泳チームの大活躍が追い風になったことは明らかですが、国民皆泳運動の盛り上がりだけでは説明がつきません。今後調査を進めたいと思っています。
 甲子園球場室内プールは、戦争激化と共に閉鎖され、終戦後はアメリカ軍の福利施設として復活します。また、復興した日本水泳連盟の強化合宿にも利用されたりしましたが、その後使用されなくなり、現在その場所はブルペンになっています。

 

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