トレーニング紹介お知らせ利用予定表教育の中の水泳/連載9






呼吸は運動強度に合わせて変化するのは当然のことだが、心のありよう(心情)でも変化する。怒りや驚きを感じたときは呼吸も速くなり、ゆったりした気分のときは、ゆったりと吐き出していく。呼吸運動は単なる生理的なガス交換にとどまらず、精神的な状態を反映したものでもある。東洋文化は早くから呼吸と心の関係に気づいていたようだ。

江戸中期の禅僧白隠の著書『夜船閑話』は、白隠自信が禅の修行で病を得、衰弱の果てにたどり着いた法を、修行に苦しむ弟子達に書き示した書である。白隠がここで説いているのは、いわゆる丹田呼吸法すなわち腹式呼吸の極意で、心は心を以て制することはできない、息(呼吸)を以て心身を養えという。
 これを現代医学の言葉で解説すれば、呼吸は、中枢神経に支配された横紋筋の意識的なはたらきであるだけでなく、自律神経にもつよく影響されているということになる。心のありようは「怒り」「驚き」「憂い」「怖れ」「喜び」などさまざまに表現される。しかし、神経生理学的に表現すれば、どれも同じ「興奮」という意味である。神経的な興奮状態では、呼吸運動は促進される。興奮がおさまれば、呼吸運動も抑制されて、ゆったりとした動きになる。



精一杯の努力をして発揮した最大筋力(心理的限界)も、生理的な真の最大筋力(生理的限界)ではない。生理的な最大筋力とは、その肉体が本来もっている最大の筋力のことで心理的限界より高い値である。しかし、人は意識的に生理的な最大筋力を発揮することはできない。常に神経的な防御反応と抑制機能が働いて、筋繊維に過大な力が加わって断裂したり破壊されるのをふせいでいるのである。

「火事場の馬鹿力」や、トラックの下敷きになった子供を母親が1人の力で助けたなど、人が緊急時に信じられない力を発揮する例を聞くことがある。これらは全て、心理的限界の抑制がはずされて心理的限界が限りなく生理的限界に近づいた例である。



トレーニングでは、筋力の生理的な限界値を上げるのは勿論だが、心理的な限界値を上げることも重要な目的になる。トレーニング効果が上がった人では、心理的限界が生理的限界の約90パーセントにもなることがある。

競技会の大観衆の前であがってしまい、日頃の実力の半分も発揮できないのは、まだトレーニングの心理的効果が上がっていないのである。その反対に、大観衆の前に出ると、適度に興奮が高まり、心理的な限界が生理的な限界に近づくこともある。これこそ真の競技者であり、日頃からトレーニングを積み重ねた結果でもあろう。

著者  富山県国際健康プラザ・健康スタジアム館長 永田 晟 (呼吸の奥義より)