●過換気症候群

Q15  
 高校でサッカーを教えています。GKが県体の試合に行く途中の車の中で突然息が苦しいと訴え、あえぎ始め、救急車で病院に運ばれました。血液検査、心電図や胸のレントゲンの検査を受けた後、医師からは、過換気症候群と診断され、心臓や肺には異常が無く心配無いと説明を受けましたが、よく分かりません。どんな病気でどんなことに気をつけたらよいでしょうか。

 
A15  
 過換気症候群は救急外来でしばしば見かける疾患です。比較的若い方に多く、男性よりも女性に多い傾向にあります。突然胸の苦しみを訴え、非常に激しい呼吸を始めますので、周りの人も驚かれるのですが、病院に着いて検査が終わる頃になるとすっかり元に戻っていることが多く、意外に思われるようです。もともと心臓や肺などの重要な臓器に障害があっておこるような病気ではなく、心理的な要素の強い疾患で、いわゆるpanic disorder(恐慌性障害)といわれています。この限りにおいて主治医先生がいわれる様に心配の無い病態と言えます。

 典型的な症状は、突然の呼吸困難感、胸部圧迫感、どうき、めまい感、口の周りや手足のしびれなどが激烈に生じ、死ぬのではないかとの恐怖を実感するもので、これをpanic attack(恐慌発作)といいます。よく聴取すると心理的にパニックを生じるような誘因が見つかることも多く、また、そうでなく自分は精神的に何らストレスを感じていないと主張する方もいます。私たちが救急外来で観察しうる典型的な患者さんでは、来院時から目を閉じ動揺した様子で、殆ど動くこともできずただ強く激しく呼吸をし、胸の苦しさや口の周りや指先のしびれを訴えられますが、心電図を記録するとほとんど異常はなく胸部のレントゲン写真にも異常を認めません。病院に着いて心配はないと説明を受け、口の周りに紙袋をかぶせるようにすると、ゆっくりとしびれや恐怖感が取れていきます。発作の最中に動脈から血液を採取すると、二酸化炭素の濃度が異常に低く、酸素の濃度が正常かむしろ異常に高いのが特徴です。これは呼吸を強くしすぎるための変化で、もともと正常では動脈の中のPH の値は7.4位で大体一定なのですが、過換気が起こると血中から二酸化炭素が呼気中にどんどん逃げ、その濃度が急激に低下するためにPHが7.6 〜7.7位になります。このため血中のカルシウムの動態に変化を来たし手や口の周りにしびれを生じるとされており、この時の両手の指のとる格好が特徴的で「産科医の手」と呼ばれています。またひどいときには、ふらふらするだけでなく、全身のけいれんを生ずることもありますが、こういう時には緊急を要し、直ちに病院へ搬送するべきです。けいれんをおこしている方には禁忌ですが、普通の発作の場合は口の周りに紙袋をかぶせることによって、一度吐いた空気を再び吸うようになるので、二酸化炭素が血中から逃げずPH の値は次第に元に戻ります。ただ大概は病院に来ると安心されるのか、ゆっくりと落ちついて帰られるのが普通で、入院も特別な投薬も必要ありません。この病気は再発の可能性が高く、何度も救急車のお世話になる方もいらっしゃいます。こういう場合には、内科の立場からすると抗不安薬の適応で、ある程度の効果が期待でき、全く発作が無くなる方もいますが、それでも何度も発作を繰り返される方には精神科や心療内科への受診を勧めています。特に女子中高生に集団的に発症することが知られており、注意が必要です。

 最後に、これが最も大事なことと思いますが、この疾患は、中高校生の呼吸困難では恐らく最も頻度の高い病態でしょうが、同様の症状を示す重篤な疾患が数多くあり(熱射病、気胸、心不全、高山病等)、激しい呼吸困難を見た場合には簡単に考えず、救急車で病院に搬送して下さい。

 

 

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